mojiru【もじをもじる】

「mojiru」はこのブログ名。「もじる」は著名な言い回しに似せて表現すること。ブログでは、本・映画・グルメなどのヒット商品や気になったトレンドを文字をもじったりもじらなかったしながら、フォントを使ったり使わなかったりしながら取り上げていく。更新頻度は1日1回が基本です。[もじる使用例]1.吾輩は下戸である。お酒は飲めない。2.太閤がまずしかったから。3.棋士の一二三に惨敗。

「迷い」と「決断」の後に続く、締めの言葉には何がいいんだろう

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#「迷い」と「決断」

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「迷い」と「決断」の後に続く、締めの言葉には何がいいんだろう?

りっすんブログコンテスト2019」の開催を知り、そんな事ばかり考えている私がいる。

りっすん」とは、新しい風を取り入れて深呼吸するように、みんなの声を聞き、自分に取り入れて"気分転換"できるような仕事や生き方の様々な記事を発信していく、女性向けワークスタイルメディアだ。

その「りっすん」が開催する「りっすんブログコンテスト2019」では、新たな一歩を踏み出すとき、そこに生じる「迷い」、その迷いに対して、どのように自分の道を「決断」したのか、これまでの人生で体験した「迷い」と「決断」(応募キーワード「#「迷い」と「決断」」)をキーワードにしたエピソードを募集するブログコンテストが開催されている。

その開催を知った私は「りっすんブログコンテスト2019」への応募に「迷い」こそあったが、マンネリ化している当ブログの壁をぶち破りたいという想いから参加を「決断」したのだった。

「迷い」と「決断」と「壁(金)」

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さて、「りっすんブログコンテスト2019」への応募を決断した私ではあるが、次の壁にぶち当たる事になってしまった。

その壁とは、一体何を書けばよいのか分からないという、ぶち破るにも、登るにもあまりに漠然とした壁であった。

私はぶち当たったその壁に対して、勘弁してくれと嘆かずにはいられなかった。

「迷い」を越えて、「決断」したら勘弁してほしい「壁」があったとは何とも皮肉な話ではある。

この想像以上の難問である「壁」に私はノートPCを何度もそっと閉じては開けてという動作を繰り返してはいたが、ある時、考えるのを止めた。

そして「壁」ではなく、万年床の上にある、そばがら枕に顔を減り込ませようとしたが、そばがら枕は硬く、私の期待通りには減り込ませなかった。

それでも私も頑なだった。

全体重をかけて顔をそば殻枕に乗せてバタバタと足をばたつかせていった。

徐に時間だけが過ぎていき、顔が減り込まない代わりに気持ちだけは滅入っていくという悪循環。

ふと現実の「壁」に目をやれば、昔は白く美しかった壁が黄ばみ、ひび割れている様が浮かび上がっており、余計にどんよりした気持ちになり、一層気が滅入っていく。

そんな状況下を目の当たりにした私は自然と「引っ越しという決断もあるかね?」と一人呟いていた。

然しながらである。引っ越しを決断し、実行するには当然、金が必要となる。

そして現在の私には引っ越しを実行できる金など無かったのだ…。

再び、私のやる気メーターは沈みこみ、万年床のそばがら枕に顔を沈ませようとした時、1つの真理に気付けた。

引っ越しをするには、金の無心に走る事もない、ただ筆を走らせばいいのだ。さすれば20万円は後から追いかけてくる事になろうだろう。 

そう、その真理とは「りっすんブログコンテスト2019」の大賞の賞金が現金20万円であるという事実だった。

「20万円」が先か、「迷い」と「決断」が先かは最早どうでもいいのだ。

捕らぬ狸の皮算用は承知で書くが、20万円を取得できたのならば、この狭い部屋をから引っ越しができるのだ。

この真理に気づけた瞬間こそが、「迷い」と「決断」と「壁」が「「迷い」と「決断」と「金」に変わった瞬間であったのだ。

「壁は金であるッ!」私は少し強めに言葉を放った。

少し強めの言葉は、壁の薄さ故に隣人に聞こえてしまったかもしれない、恐怖を与えたかもしれない。それでも構わない、何故なら引っ越すからだ。私はもう一度、言葉を放った。

「壁は金であるッ!」

筆を走らせ、文章に起こすと大した台詞ではない事も重々承知だ。

それでも私は自らの言葉で奮い立ち、再びノートPCをガッと開けたのだった。

壁はもう消えており、あるのは現実のひび割れた壁だけだった。その現実の壁もいずれ目の前から消えるだろう、引っ越しさえできれば。

「迷い」と「決断」と「実行は事後、時効に変わる」

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ノートPCをガッと開き、インスタント珈琲をズズズっと啜りながら「迷い」と「決断」について本気出して考えてみた。

考えて直ぐに妙案がが浮かぶようであれば、こんな薄暗く狭い部屋にはきっといない人生だったはずだ。

幾ら知恵を絞ってみても、頭を振っても、ノートPCを振っても、当然何も出てこなかった。

「決して私に閃きがないせいではないのだ!」などと開き直っても出てこないものは出てこない、仕方のない話である。

溢れ出すアイデアの海に溺れる事もない私は、溺れる者は藁を掴む精神で、藁にもすがるつもりで閃きを生むヒントがないかどうか部屋の隅々まで眺めてみたが、そもそも部屋にはほぼ何もない。

閃きもなく、モノもほぼなく、もちろん金もない、あるのは、ハンガーに吊るされたYシャツだけ。

金がない自分を「ミニマリストだからさ…。」と誤魔化す私の部屋では、ハンガーに吊るされたYシャツだけが哀しく佇んでいた。

そして私は藁ではなく、ワイのシャツであるワイシャツにしがみついたが、寒すぎるダジャレしか思いつけなかった。

それでも私はワイのシャツであるYシャツに縋った。

「部屋にワイシャツとワイ、いや、私か」また一人呟いたところで、一筋の光明が見えた。

「部屋とYシャツと私だ!」私はある曲を思い出していた。それは、そのまま名前通り「部屋とYシャツと私」というヒットソング。ともかく私はこのヒットソングを交えて応募原稿を書こうと決断したのだった。

そして、「迷い」と「決断」ついてこの狭い部屋で本気出して、Yシャツに縋りながら考えてみる事にした。

「部屋とYシャツと私」という3つの言葉は何とも語呂が良い。

では、「迷い」と「決断」の後に続く言葉を追加して、3つの言葉を並べてみたら「部屋とYシャツと私」みたいに語呂が良いのではないだろうかという結論に至ったわけだ。

応募の趣旨が違う気がするが、とにかく私は決断した。

部屋とYシャツと私(Album version)

部屋とYシャツと私(Album version)

 
部屋とYシャツと私

部屋とYシャツと私

 

 

そこで次に「部屋とYシャツの私」という歌について本気出して考えてみる事にした。

「部屋とYシャツの私」は、シンガーソングライター・平松愛理氏の代表的な歌である。

大ヒットナンバーである、そんな「部屋とYシャツの私」の歌詞を改めて紐解いてみると、そこには結婚への「迷い」と「決断」を歌うメッセージソングであることが読み取れるのだ。

歌詞には「迷い」と「決断」の末の結婚ではあるものの、浮気される事への恐怖、女性として興味を無くされる事への恐怖が垣間見られ、その根底には傷つきたくない女性の心の叫びが溢れている。

その想い故、「部屋とYシャツの私」には、毒入りスープで心中するといったセンセーショナルな歌詞表現が生み出されてしまったのだ。

この歌詞がもし、毒入りカレーだったならば、また違った形で、今なお世の中をざわつかせていたかもしれないが、話がブレるのでそれは省略する。

ともかく私は、「部屋とYシャツと私」の歌詞に「迷い」と「決断」に加えて「覚悟」も感じていた。

浮気した夫に対して、毒入りスープを飲ませて殺害するという復讐を歌う歌詞ではなく、自らも命を絶つ心中スタイルな歌詞である事からも、妻になる女性の覚悟が溢れている。

毒入りスープを飲まない、毒入りスープを飲ませない為にが自分自身いつまでもキレイで輝く「覚悟」、夫と添い遂げようとする「覚悟」、そういった「覚悟」をひしひしと感じざるおえないのだ。

そして、心中スタイルな歌詞で歌われる、妻の「覚悟」は、同時に夫の「覚悟」ともなり、「部屋とYシャツの私」とは実は「部屋とYシャツの私たち」の歌と言えることに気づいたのだった。

結婚とは、私たち二人による「決断」と「覚悟」で成り立つ誓約である。

結婚を「決断」した全ての私たちは、カラオケで妻になる人の「部屋とYシャツと私」を聴いて互いの「覚悟」を分かち合う儀式としても良いのではないだろうか。

もちろん「決断」には毒入りスープという代償が伴うがもちろんそれだけでない。 

結婚が最適解とされていない新しい風が吹く多様性の時代にあえて「覚悟」を分かち合った二人だからこそ、分かち合える幸福な日々が待っているはずなのだ。

そういうわけで、結婚を「決断」した全ての私たちに待っている未来が、幸福なスープでありますように!心よりお祈りしています。

 

さて、話は変わるが「迷い」の末に「決断」した決断を「実行」に移すというのが「決断」の後の工程となる。

私も「りっすんブログコンテスト2019」への応募を「迷い」の末に「決断」し、「実行」したわけだが、その応募には「覚悟」はあんまりなかったので、私にとって「迷い」と「決断」の後に続く、締めの言葉は「実行」となり、「迷い」と「決断」と「実行」で、この原稿も完成というわけだ。

 

「迷い」と「決断」と「実行」

 

語呂が良いかはさておき、「実行」は締めの言葉としては無難な表現ではないだろうか。

そもそもアイデアの海に溺れる事もない私にとってはこれが限界である。

ちなみに私が今回のコンテストへの応募を迷った理由は、元来息をするのも面倒な北斗の拳のゲイラ様的な思考と性質を持つ私ゆえの「#「迷い」と「決断」」というキーワードでちゃんとした原稿を書くのがしんどかったというシンプルな理由だ。

そういう事なので、この応募原稿を読んでなんだかよく分からないけれど少しでも気分転換になったのなら幸いである。

逆に、「時間の無駄になった。こんなのはブログ事故だ!」などとお怒りやお叱りの感想については、すでに応募を実行した後の事後であり、もうすべて時効である故、深呼吸して心を落ち着け、「りっすん」の記事をお口直しに読んで頂ければ良いのかもしれない。こんな応募原稿があっても、まぁ、良いではないか。

 

「迷い」と「決断」と「実行、またそこに至るまでの過程」と

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ちなみに私は、「迷い」の末、「決断」した事が他にもある。

それは2017年に当ブログを「はてなブログPro」で開始した事である。

フリー素材:ピクト「はてなブログ」

ブログを始めようと決断した後、WordPressほか、どのブログサービスでブログを始めるかどうか悩み、迷いの末、「はてなブログ」を決断し、更に有料の「はてなブログPro」を決断したわけだが、「はてなブログ」を決断した理由は、実に単純明快で「はてブ砲」でアクセス数をたんまり稼げそうだと思ったからだった。

 

フリー素材:ピクト「はてなブックマーク2」

 

しかし、それは取らぬ狸の皮算用というヤツで、私が当ブログを開始して以来、一度もバズる事もないまま、現在に至っている。

それでも、迷いの末に決断した「はてなブログPro」での今日までののブログライフはそれなりに「まぁ、よい」という感じではあるし、満足もしている。

だからといって、「迷い」と「決断」の後に続く、締めの言葉に「はてなブログ」にして「迷い」と「決断」と「はてなブログ」にしてしまうのは、締まるような、なんだか締まらないような気もする。

でもそれもまた、「まぁ、よい」のではないだろうか。 

 

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