やとのいえ
偕成社は、八尾慶次氏著書で多摩市文化振興財団パルテノン多摩の学芸員である仙仁径氏が監修した、明治の農村が平成のニュータウンになるまでの軌跡であり、茅葺き農家の150年の歴史を定点観測で描いた絵本「やとのいえ」を2020年7月20日に発売した。
「やとのいえ」は、一軒の農家を舞台に、明治時代初期から現代までの150年間の人々の暮らしの変化をたどる絵本。
「やと」とは、谷戸と書き、浅い谷が低い丘のあいだに入り組んでいる地形のことをいう。かつて人々は、その谷に田んぼや畑を作り、稲作、麦作、炭焼きを中心とした暮らしを送っていた。その農村の姿を大きく変化させたのは、高度成長期に立てられたニュータウン計画。戦後、急速に人口がふえた都市部では、住宅の数が不足した。そこで国や自治体は、人がそれほど住んでいない郊外に、ニュータウンを作ろうと考えたのだった。その計画により、丘は削られ、谷は埋められていき、自然ゆたかだった丘陵地は、団地やマンションがたちならぶニュータウンへと姿を変えた。
そして開発がはじまってから半世紀以上がたち、のどかだった日本の農村の多くは、現在の、鉄道や道路が縦横に走る、多くの人口をかかえた郊外の町となったのだ。
なお「やとのいえ」でモデルとなったのは、東京都の多摩ニュータウン。
「やとのいえ」では、変わりゆく人々の150年の暮らしを、道ばたの十六らかんさんを語り手に、定点観測で見ていく。
最初の見開きでは、まだ新しい茅葺き農家のまわりで、たくさんの人が農作業にいそしむ姿が描かれるが、ページをめくるごとに時代が進み、やがて車が登場し、高圧線の鉄塔が建てられ、丘の向こうの空襲におどろく家の住人……。
そして、戦争が終わり、ひとときの平穏がおとずれたあとは、村で農作業をする人の姿は少なくなっていく。
幾人もの背広を着た人が村をおとずれたあとでは、美しかった丘は大きくけずられ、その土で谷が埋められていく形でニュータウンづくりがはじまった。
農家の屋根を見れば、茅葺きの屋根が時代をへてトタンぶきに変わり、そのトタンぶきの屋根も、囲炉裏を中心とした生活が終わりをむかえるとともに、銅板のものへと変化していく。
巻末では8ページに渡って各場面を振りかえり、稲作や麦作などの農作業、使われている農具、村の習俗や人びとの様子などをくわしく解説。より具体的な暮らしの変化を知ることができる。
私たちの暮らす町が、現在のようになる前、その土地はどのような地形で、どのような人びとがいて、どのような暮らしが営まれていたのだろうか。
「やとのいえ」を読んで、その土地の歴史に思いを馳せ、ときに名残のある場所を訪れる、といったことも豊かな楽しいひとときとなるかもしれない。
八尾慶次Profile●1973年、神奈川県相模原市橋本生まれ、大阪府育ち。宝塚造形芸術大学卒業。石仏が好きで羅漢さんを描きはじめ、2013年に「羅漢さん」でボローニャ国際絵本原画展に入選。さし絵に『ウォーズ・オブ・ジャパン 日本のいくさと戦争』(偕成社)、月刊絵本のさし絵に「ばけものがおどるてら」(ひかりのくに)、「おはぎをつくるおばけ」(すずき出版)など。単行本の絵本は本書がデビュー作となる。兵庫県在住。
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